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最高裁判所第一小法廷 昭和63年(オ)734号 判決 1989年9月14日

愛知県豊田市梅坪町九丁目三〇番地三

上告人

日本ハードン工業株式会社

右代表者代表取締役

福田耕三

右訴訟代理人弁護士

藤村睦美

神奈川県茅ケ崎市本村五丁目二〇番六号

被上告人

穀田博

右訴訟代理人弁護士

田中俊充

右当事者間の東京高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一〇三七号特許を受ける権利の確認等請求事件について、同裁判所が昭和六三年二月一七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤村睦美の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 大堀誠一)

(昭和六三年(オ)第七三四号 上告人 日本ハードン工業株式会社)

上告代理人藤村睦美の上告理由

一 原判決は、次に述べるとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な事実誤認がある。

1 原判決は、被上告人(控訴人)が別紙目録記載の各特許権(以下本件各特許権という)に係る発明を完成して本件各特許を受ける権利を取得し、これらの権利を上告人(被控訴人)に譲渡し、上告人を各特許出願人として特許出願したものと認定している。

しかし、本件各特許権に係る発明を完成したのは笠井順一教授を中心とする研究員であって、被上告人ではない。

すなわち、本件各特許権に係る発明は、上告人と訴外スチレンペーパー株式会社との間で、昭和四七年九月三〇日に締結された共同研究開発契約(甲第一四号証の二、甲第一四号証の四)に基づき、上告人が研究要員として依頼した笠井順一、高城勝信、織本賢孝、中島信久、畠山日出生らの共同研究によって発明されたものである。

本件各特許出願において被上告人が発明者の一人に加えられているのは、被上告人は昭和四四年九月以降右特許出願当時も上告人の代表取締役として、上告人の事業を統括すべき立場にあったため、上告人が右共同研究者らの発明に係る本件各特許を受ける権利を発明者から承継し、上告人が特許出願をすることになった際に発明者に加えて出願したという事情によるにすぎず、実質上の発明者ではない。

而して、本件各特許に係る発明が、上告人と訴外スチレンペーパー株式会社との共同研究開発契約に基づく共同研究により発明されたものであることは、被上告人が上告人の代表取締役として訴外スチレンペーパー株式会社との間の契約(甲第一四号証の四第三条)により確認していることから明らかである。この点につき原判決は事実の誤認がある。

2 原判決は、被上告人と訴外黄及び訴外株式会社ニューハードン(以下ニューハードンという)との間での特許権等の実施契約(乙第二号証-「契約(一)」)、被上告人とニューハードンとの間の特許権等の実施契約(乙第三号証-契約(二))、被上告人・上告人・ニューハードン及び黄との間の、ニューハードンが有する契約(二)上の地位を上告人に移転すること等の契約(乙第四号証-契約(三))の各締結を認定し、被上告人が上告人の経営の主体性を喪失することが明らかになった昭和五三年五月三〇日には、契約(二)における約定解除権が発生し、被上告人は上告人に対し右約定解除権を行使しうる地位にあったと認定したうえ、同日、被上告人は上告人に対し約定解除権に基づく契約解除の意思表示をしたと認定している。その結果、本件各特許を受ける権利は被上告人に帰属したとしている。しかし

(一) 本件各特許権に係る発明は、前記のとおり、被上告人の発明ではなく、前記訴外スチレンペーパー株式会社との共同研究開発契約に基づいて、笠井順一ら共同研究員によって発明されたものであり、前記契約(二)・(三)に基づき上告人の権利となったものではないから、原判決は事実の認定を誤っている。

(二) 契約(一)乃至(三)の存在については、被上告人から懇請されたすえ、訴外中部工業株式会社(以下中部工業という)が上告人へ経営参加する際にも、その後被上告人が上告人を退社した後の昭和五三年一〇月以降に、訴外大阪セメント株式会社(以下大阪セメント株式会社という)から連絡を受けるまで、全く知らなかったものである。証人藤井深平の証言からも明らかなとおり、上告人の代表取締役福田及び取締役小原が契約(一)乃至(三)の存在を知ったのは、被上告人が大阪セメント株式会社に右契約のコピーを送付して本件3及び4の特許を受ける権利についてロイヤリティーの請求をなしてきたとの連絡を昭和五三年一〇月頃に受け、大阪セメント株式会社から右契約書のコピーの送付を受けたことによってである。

契約(一)乃至(三)が中部工業の経営参加前から存在していたとすれば、被上告人はこれを故意に中部工業に秘匿して経営に参加させ、その後も福田・小原らにその存在を説明していなかったものである.(仮りに、本件各特許を受ける権利の帰属が原判決の認定のように契約(一)乃至(三)と関係があるとすれば、かかる重要な事実を故意に秘匿して中部工業に経営参加させ多額の出捐をさせることは不作為による詐欺にも該当するものである。)

(三) 上告人は、昭和五三年五月三〇日、被上告人から約定解除権に基づく契約解除の意思表示を受けたことはない。この点原判決は事実の認定を誤っている。被上告人は昭和五三年一月頃からは勝手な行動が多く、他の従業員とも折り合いが悪く、殆ど出社しなくなっていたので、同年五月末頃、上告人代表取締役福田は被上告人を呼び、この点について反省を促し注意したが、被上告人から契約解除の話など全く出なかった。原判決は、昭和五三年五月三〇日の段階において被上告人が上告人の経営の主体性を喪失することが明らかであったとするが、その認定の理由とするところも誤っている。けだし、原判決の認定するように右段階において上告人の取締役選任に関する定款の定めを累積投票によらないこととすることに変更することを決めていたことはなく、そのような話を被上告人にした事実もない。また、中部工業は経営参加当初から上告人の発行済株式の四分の三を取得し、その後の上告人の経営方針の一切は福田・小原らにおいて決定し、資金繰りも全て中部工業の責任において行っていたものであるから、昭和五三年五月三〇日の段階に至って、被上告人の経営の主体性が喪失したものではないことは明らかであるからである。

二 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある。

1 原判決は、被上告人が約定解除権を行使し、その結果、本件各特許権が被上告人に帰属すると主張することが信義則に違反しないと認定している。しかし、原判決は民法第一条の解釈を誤ったものである。

(一) 中部工業は、昭和五〇年一二月頃、主要取引先である旭硝子株式会社の従業員から紹介され、上告人の代表取締役であった被上告人に、取締役小原・監査役山下が会ったが、当時、上告人は第一回目の不渡りを出し、事実上の倒産状態で、中部工業の協力が得られなければ同月末には第二回目の不渡り発表が必至の状態であった。

(二) 中部工業は、被上告人の再三・再四の懇請により金二〇〇万円の資金援助はしたものの、上告人の業務内容を調査したが本件各特許を受ける権利のほかには資産としては何もなく、右権利についても訴外スチレンペーパー株式会社との間で紛争が生じているなどの事情が判明したので、それ以上の援助はしないことに一旦は決定した。

(三) 中部工業は、その後、上告人に対する貸付金の回収問題もあり、さらに詳しく上告人の調査をするうち、翌五一年三月頃になって、訴外スチレンペーパー株式会社との訴訟も中部工業が援助すれば和解で解決できる見込みがあることを聞かされたこと、その後、中部工業が上告人・訴外スチレンペーパー株式会社間の訴訟の和解に利害関係人として参加することにより昭和五一年六月一七日和解が成立したこと(甲第七号証)、右和解に基づき上告人が訴外スチレンペーパー株式会社に支払うべき金二六〇〇万円を中部工業が代わって支払うと共に、上告人が本件各特許権が特許登録されたときに訴外スチレンペーパー株式会社に設定することになる通常実施権を設定しなかったときの違約金三〇〇〇万円についても連帯保証をなしたこと、また、上告人の工場を名古屋へ移転するについて、当初予想外であった約一億円という巨額の出捐を余儀なくされたこと、被上告人には中部工業からも月額金三〇万円を支給して処遇じてきたこと、しかるに中部工業が期待していた成果は殆ど上がらなかった等は原判決及び第一審判決認定のとおりである。

(四) 被上告人は、昭和五三年六月二一日、上告人の代表取締役及び取締役たる地位を辞任して退社したが、その直前の同月五日、被上告人は福田ら不知の間に本件各特許を受ける権利の出願名義人を上告人から被上告人へ変更する手読を上告人の代表取諦役として弁理士に依頼して変更した。

(五) 前記のとおり、被上告人は中部工業の経営参加から上告人退社後、上告人が大阪セメント株式会社から連絡を受けるに至るまで契約(一)乃至(三)の存在を故意に秘匿し続けていた。

以上の事実からすると、被上告人が約定解除権を行使して、本件各特許権が被上告人に帰属したと上告人に主張することは、信義則に違反することは明らかであるのに、原判決はその判断を誤ったものである。

原判決は、中部工業が経営参加する際に、本件各特許を受ける権利の権利承継に関し、より慎重に調査すべきであったとし、また契約(一)乃至(三)の存在を被上告人が福田らに告げなかったとしてもその不利益を被上告人にのみ仮託できないとし、被上告人が契約の解除をしたのは上告人が大阪セメント株式会社から支払を受けた契約一時金及びロイヤリティーにつき契約(二)(三)に基づく被上告人への支払をしなかったためだとして、被上告人の信義則違反の主張を否定している。

しかし、上告人は被上告人から右金員の支払要求を受けたことはないし、そもそも契約(二)・(三)の存在を知らされていなかったのであるから、上告人に右契約(二)・(三)に基づく履行をしないことを非難することは義務なきことを強要するに等しい論理である。

また上告人が本件各権利承継の調査に多少慎重さを欠いたとしても被上告人の信義則の違背ははるかに重大なものであり、契約の解除をもって上告人に本件各特許権を自己のものと主張することは到底許されないものである。

2 原判決は、被上告人が昭和五三年六月五日、上告人代表者として本件各特許を受ける権利を上告人から被上告人に譲渡する旨の譲渡証を作成し、本件各特許を受ける権利の特許出願人名義を被上告人に変更したのは、契約解除に基づく原状回復義務の履行であって、上告人の取締役会の承認を必要としない旨判示しているが、これは商法第二六五条の解釈を誤ったものである。

すなわち、会社の取締役は会社業務の執行責任者として、その職務執行について、会社に対し善良なる管理者の注意義務を負い、忠実に会社の利益を守らなければならない立場にある。しかし、取締役が直接取引の相手方として、あるいは取引の相手方を代理もしくは代表して、会社と相対するときは会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図るおそれがあるので、取締役と会社との間の取引については取締役会の承認を要するものとしたのが、商法第二六五条の立法趣旨である。本件各特許を受ける権利についての、被上告人への特許出願人名義の変更は、原判決の言うような単なる原状回復義務の履行ではない。けだし、右名義の変更自体は、実質上の権利の譲渡行為ではないとしても、対第三者に対する対抗要件の得喪にかかわるそれ自体極めて重要な行為であるからである。

また、仮りに原判決が認定するように昭和五三年五月三〇日の段階で、被上告人が上告人の経営について事実上主体性を喪失することが明白であったとすれば、被上告人が形式的には上告人の代表取締役の地位にあったとしても、恣意的に上告人を代表して上告人の利益を犠牲にするおそれが一段と強いのであるから、本件各特許を受ける権利についての特許出願人名義の変更についても、上告人の取締役会の承認を得なければならないと解すべきである。

さらに、被上告人が契約(一)乃至(三)の存在を、上告人及び中部工業退社まで秘匿していたのであるから、上告人としては本件各特許を受ける権利が被上告人に帰属する結果となるべきものかどうか全く知り得ない立場にあったことをあわせ考えると、特許出願人名義の変更については取締会の承認を不要とした原判決は商法第二六五条の解釈を誤っていることは明らかである。

以上

(添付目録-原判決添付と同一-省略)

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